とぴうお

ピアノ弾き語り・ボーカリストのとぴの日記

歌うことと植物とハムスターが大好き。
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花束はずるいもの



花束はずるい、と思う。

植物を育てていて思うのは、発芽し、すくすくと成長し、花を咲かすということは大変なのだということです。
よく「土に置いておけば勝手に増えるよ」なんてあまい言葉を信じて放置したら全然生えるとこなく、元の葉っぱやツタがしょぼしょぼとなって終了、なんてことが三度か四度ほどありました。(私の育て方が下手なのかしら)

先日、駅前のお花屋さんの前を通った時に素敵な花束を見つけて、たまには観葉植物だけじゃなくて贅沢にお花をテーブルにでも飾ろうかしらと一瞬考えたのですが、どうせなら花を買うよりもベランダで鉢ごと花が咲くまで育ててあげていっぱい咲いてからそれを切って飾ってあげた方が良いなあと思い買うのをやめました。

その時、ふと花束というものは残酷だなあと思ったのです。花が咲くのは一年に一度の季節な訳で、そんな植物にとって一番輝かしい季節にせっかく咲かせた花を切り取ってしまうことになる。ベランダで毎日水を上げるのはこの私だといっても、あまりにもそれは植物の1年を馬鹿にしているんじゃないかと。

あの駅前のお花屋さんに売られていた小さな花束もわたしの知らないところでが芽を出すところからはじめ、太陽の光をいっぱい浴びてすくすくと育ち、やっと一人前になって花を咲かせ、その瞬間に切り取られてしまったのでしょう。切り取られた後の植物の姿はきっと滑稽に違いない。人間が自分たちの楽しみのために、植物の花咲かすまでの時間、植物の人生を一瞬にして奪ってしまったのだと思うと花束というものが急にずるいものに見えてきてしまい、返りに同じお花屋さんの前を通る時はまったく見ることなく帰ってきてしまいました。

でもよくよく考えると、だからこそ花束はお祝い、愛情、感謝、そういったキーワードと繋がりがあるんですね。
植物の1年で一番美しい瞬間を切り取って、更に綺麗に包装された花束をもらって嬉しくない人はいません。
花束はずるくて、だからこそ特別なもの。

私ももっともっと何かを頑張って、その時にご褒美で小さな花束を自分に買ってあげようと思った瞬間でした。
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